サケ類やマダラ、ロブスターの生産増大をはかることを目的としたもので、1990―1997年の8年計画、予算規模は総額でおよそ3億円程度のものである。全体的にまだ事業として採算がとれるところまで技術開発は進んでおらず、海洋牧場の実用化のためにはさらに継続した調査研究が求められている。Svaasand博士はマダラを担当しておられ、ベルゲン郊外にある天然のフィヨルドを締め切ったマダラの種苗育成のための養殖池を実地に見学させてもらった。ノルウェーにおけるマダラの人工的な増産の試みは1984年頃に開始されたが、科学的な取り組みが強化されたのは1980年代に入ってからである。1983年に天然の養殖池で放流用のマダラ幼魚(ふ化後4―6カ月)の大量飼育に成功したことが、その後の技術開発研究やPUSHにつながっている。Svaasand博士によれば、ノルウェーでは天然の生息環境に近い野外の養殖池で、しかも変態期(ふ化後35―45日)までは現場の動物プランクトンを餌として与えているため、人工的に添加したマダラと天然のものの成長や行動生態などに大きな違いは認められないという。しかしながら、人工的に制御していないため餌として利用できる動物プランクトンの量が年によって大きく変動し、養殖池の収容力が不安定であること、変態後の死亡率が非常に高いためまだ費用効果が十分にあがっていないことなどが、事業化へ向けての検討課題となっている。なお、1997年9月にはベルゲンにおいPUSHの主催で、第1回国際シンポジウム“Stock Enhancement and Sea Ranching" が開催される予定である。
一方、Ervik氏からは養殖場の環境保全や環境管理の問題について話をうかがった。サケの養殖はノルウェーのフィヨルドの利用において最も大きな比重を占めており、養殖場の環境を適正に管理することは重要な課題となっている。1987年から1990豊島で続いた研究プログラムLENKA (Nationwide asessment of the suitability of the Norwegian coastal zone and rivers for aquaculture)では、主に海域の地形特性に応じておおよその環境収容力を見積もり、適性な養殖負荷の規模や潜在的な養殖生産の可能性の推定がなされている。その最終段階で呈示された解析モデル(R-method)は、シル地形を持つフィヨルドに適用が可能で、基本的にはフィヨルド内の海盆への炭素の沈積による酸素消費の速さと湾口部からシルを越えて間欠的に流入してくる海水による酸素の補給の速さ(海水交換の大きさに依存)との比率に応じて、フィヨルド内の平均的な酸素濃度の低下の程度を推定しようとするものである。ノルウェー西岸の30カ所に及ぶフィヨルドでの酸素収支に関する調査結果から、鉛直方向の炭素フラックスはシルの水深と負の相関を持つことが明らかにされており(図21)、それがシルの深さや海盆の形などの地形特性をもとに収容力を推定する根拠となっているようである。